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境内再発見!白山社
2012/05/31(Thu)
大野湊神社の境内にはいつくか小さな神社があります。
機会を見て紹介していきたいと思います。


拝殿から向かって左手に鎮座するのは「白山社」です。



石川県民であれば、「白山社」と聞いて「白山比神社」を思い浮かべる方も多いでしょう。

白山社の創立年代は不詳です。
一説によれば白山社を当地に勧請したのは白山宗徒とされています。

御祭神 伊邪那岐命 少彦名命 天満宮

当時宮腰(現在の金石町)は人的物的集散地であったため、

白山比神社より御分霊を戴き当地に鎮座させることにより宮腰の権益を得ようとしたとされています。

ですので御祭神の伊邪那岐命白山比神社でも祀られている御祭神です。

少彦名命は古事記・日本書紀において大国主神と共に国造りに携わった神様で、医学の神、酒の神として信仰があります。

天満宮(菅原道真)学問の神として有名です。

学問の神様をお祀りしているので、白山社の前には合格祈願が願われた絵馬が奉納されています。

なお、この白山社は本殿八幡社とともに寺中町の氏神として崇められています。

毎年3月15、16日、9月15、16日は春秋祭りを行っており、

期間中は寺中町の皆様のお参りを受ける神社でもあります。


ぜひ今度ご参拝のおりには、白山社をはじめ境内の末社にもお参り賜りますようお願いします。


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コメント
- 白山社について -
大野湊神社と白山社の関係について、浅香年木氏は『中世北陸の社会と信仰』の中で「加賀馬場と「大野庄湊」のつながりは、長寛元年(1163)に原型が成立したとされる『白山之記』の本宮小神分条と本宮分佐那武・小白山条に、末社として、中世後期に大野庄内に含まれる佐那武社を掲げていることに、その端緒を見出し得る。加賀馬場は、嘉禎二年(1236)に、造白山段米の対カンに抗して大野庄内に神輿を動員させるが、その際に佐那武社の神輿が行動を共にしていることも、(中略)佐那武社が、加賀馬場の「大野湊庄」への進出、宮腰津・大野湊やその周辺の上層百姓の神人編成を推進するための橋頭堡の役割を果たしてきたことを明示する。」と説明している。

大野湊神社内の白山社については、『佐那武社古文類聚』に次の史料がある。「佐那武大明神之境内に白山権現之ほこら御座候、中古社僧方之鎮守にて、坊跡寺中村之内に御座候得共、百姓家次第に多罷成けかれ候故、右之白山堂寛永拾九年に当社境内に遷座仕候」(享保六年)
2012/05/31 22:16  | URL | ADs20461 #S54P5mMQ[ 編集] ▲ top
- Re: 白山社について -
>ADs20461さま
大変勉強になります。今後ともご指導賜りますようお願い申し上げます。
2012/06/01 05:19  | URL | 大野湊神社 #-[ 編集] ▲ top
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